私の自己紹介

はじめまして、日本酒YouTuberまちゃるです。 
まだ誰もが顔出しで継続的にやっていないころから日本酒専門の動画を継続してアップしていたら
最近では元祖日本酒YouTuberと言われるようになってきました。
そんなわたしの自己紹介と、そして、この事業をはじめたきっかけや、
これからのビジョンについてお話したいと思います。

経歴

  • 長崎県平戸市生まれ 1985年5月8日ゴーヤの日生まれ
  • 幼少期から20歳のころまで超ネクラ少年でした。運動音痴のいいところも一つもないと思っていたくらいの人間でした。高校生の時は勉強する意味も分からず窓際で哲学の本を読んでました。
  • 20歳のころバイクに目覚め、バイクのレースを関東に渡って始めるようになりました。
  • バーテンダーの経験をしてお酒の世界の素晴らしさを知る。
  • スーパー根暗な人格でしたが、バイクとお酒のおかげで自分にどこか自信を持てるようになってきました。
  • 東日本大震災を千葉県で経験。その時の仕事はT電力の下請けで発電所のメンテナンスをしていました。
  • 津波で善悪関係なく流される人を見て、人はいつか死ぬ。それならこの命思いっきり好きなことにつぎ込んでやろうと思います。
  • 2015年3月11日、右往左往ありましたが、地元長崎県佐世保市で唯一の日本酒専門のバーを開業します。
  • 2018年あなたのおかげで日本酒が好きになりました!その言葉を全国から頂きたいがために日本酒YouTubeをはじめました。
  • 2020年2月ダイアモンドプリンセス号にてコロナ感染爆発。
  • 2020年4月~2021年10月 これから日本が世界が大きな転換期になるということを確信しお店の営業はほとんどせずに日本各地の蔵元と酒販店を回る旅に出かける。
  • 2020年10月、お店を譲る。 現在は友達が【おうちダイニングみなと】という日本酒も楽しめる紹介制の小料理屋になっています。
  • 2021年10月、佐賀県原産地呼称制度審査員及び広報の役割を頂く。
  • 佐賀県酒造組合より半年間の任期で佐賀県全体の日本酒のPRの役割を頂く。
  • 2021年10月から2022年3月まで佐賀県 基峰鶴醸造元、基山商店にて泊まり込みで蔵人体験を行う。
  • 2022年4月100社ほどの蔵元、酒販店に広告業としての営業をかけてみるが、ほとんど成約には至らず…
  • 2022年5月絶望的な状況の中でもらったキーワード、とある方より、酒屋やるなら酒を売らない酒屋になれば?から始まり大急ぎで事業コンセプトを決めて、走りながら事業プランを固めてスタートを切ったのが今回の事業、酒を売らない酒屋、サケボンド酒ストアになります。
    今までになかった手応えを今回は感じています。

実績経歴

YouTube

日本酒YouTuberとして顔出しで継続的にやっている人間としては日本でも1番?元祖日本酒YouTuberといわれるようになりました。
累計再生回数100万回、登録者1万人

カメラ、撮影

そんなに誇れるものではないですがアマチュアで主に人物を撮るのが好きでお仕事もたまにもらっていました。
その延長線上に始めたのが動画です。

その他の経験

全国4000以上の日本酒を味わいまして、その魅力を体の髄から感じています。全国100以上の蔵元を訪問。

Instagram

Instagramの本質に今年気づいてまもなく僅か4ヶ月でフォロワー1000人増、アクション率3~9倍。
日本酒と相性の良いInstagramの繋がる力を追求しています。

利き酒

佐賀県代表レベル?
2021全国きき酒選手権大会全国14位。目指すは日本一?!
研究所における利き酒セミナーなども定期的に受講しています


その他に私が携わっている活動

思いとビジョン

思いの部分

根本的な部分として、なぜ日本酒なのか?
わたしは高校生のころから自分がなんの為に生きているのか?生まれてきたのかずっと考えていました。
答えのない答えをずっと考えてきました。
しかし、東日本大震災のときにそれはわかりました。

人には生まれてきた理由が必ずあり、それはしっかりと探しに行かないとみつからないという事がわかったのです。

私は昔、とにかくお金がほしいと思っていた時期があって、
精神をすり減らして仕事した時期もありましたし、
億万長者の方と会って話はしてみるものの全然心ときめきませんでした。

わたしは心の部分、直感的な部分というのを大切にしています。
ある意味仏性や神性みたいな部分というかそういうのを大切にしているんです。
使命という言葉もすごく好きで『使命よ見つかれ!』なんてずっと思っていた時期もあるほど
なかなかな勘違いな人だったのですがある時気づいたんですよね。

自分自身が活躍できるステージを選び、そこで行動していくことが大切なんじゃないかって。
そうするうちに使命というのは決まってくる。使命というのは向こうから来るものではないんだと。

私の母は着付けの講師であり、父の方は昔ながらの米屋、酒屋でした。(ディスカウントストアの登場による酒販業の革命のときに廃業になる)そういった日本ならではの家系に生まれた部分もあり、
心の奥底で思うのが日本文化を伝える何かがやりたいということでした。
そんなときに出会ったのが地元平戸市で飲んだ、ある日本酒でした。
その時、体中に電気が走った感覚を覚えました。

日本酒ってこんな味わいもあるの!?と。
それからわたしは日本酒バーを開業することを決意しました。

日本酒バーをやっていた時代も良かったんですが
コロナの影響で来るか来ないかお客様を待つのはすごく苦しいもの。

この新しい時代が動き始めた今だからこそ、行動しなくてはいけない。
日本酒の消費量はずっと減ってきている。
この業界に残りたいなら
新しい何かを行動しなくては行けないと感じました。

そこで私は思い切ってお店を手放し、
日本全国を旅することにしました。
そこで思ったのが
日本全国には素晴らしい蔵元と、それを伝える酒屋さんがあり、
そしてそれを愛飲する人がいるってことです。
 この3者を繋ぐのがこれからの私の使命と今感じています。

おすすめしたい動画


この動画には私が心血を注いできたことがまとまっていますので御覧ください。

サケボンド酒ストアーにおけるビジョン

この事業にかける思いはわたしの今までの人生の集大成となるでしょう。
人生をかけた一大チャレンジとなること間違いないと思います。
事実、そのビジョンに関して共鳴して
今回のことで初めてつながってくれた酒販店さんも多くいますし、

一回のプレゼンに関して全力で思いをぶつけて
参加してくださった方々ばかりが集まって頂いたと思っています。

この酒販店さんたちにとっても私の存在が会ってよかった思われる存在であること、
ここを大切にしつつ、
もちろん
購入してくれた方も大切にして、その御縁を繋いで
サケボンドコミュニティの方とも連携させていきたいと考えています。
そして、お酒を造る方との連携ですよね。

そしてそれを継続させるためには
実際に味わい、間違いなく美味しいお酒をセレクトしていくってことが
とても大切だと感じています。

それらの基礎的条件を整えることができたら次のステージ。
雇用を生み出すこと。
そして業界に多方面で貢献できる人材、チームを構成させるということです。

一年目はダッシュで組織を整えて、2年目はより大きな成果を出す。
3年めにしてもう一度整え直しつつ、海外展開も考えます。

やはり、日本酒の新しい世界を知るのであれば
この海外への進出は欠かせないでしょう。

日本人は日本のモノに対してありふれ過ぎると思っていて、
その価値を気づけていない部分があると思います。

わたしはその部分に日本人が日本人であり続けるための価値があるとも思っています。
伝統や環境、そして日本酒らしい伝統色があるんです。

海外ではそういったことをより丁寧に伝えていくことが必要であると感じています。

また、もう一つの私の夢があり、
日本全国を旅して感じたこと(蔵元の人間的な部分、お酒の味わいの部分、日本酒づくりの神秘性)についていつか書籍にし、売れる本造りも実現したいと思っています。

日本海、そして海外で日本酒の伝道師として幅広い活動をしていきたいと思っていますので
これからも応援よろしくお願い致します。


今回の事業スタートにおける大切な思いを動画にてまとめています。

PAGE TOP